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【書名】學廼門悟喜・悟章自筆狂歌資料
【巻冊】古文書 大量一括
【著者】狂歌師 戯作家
【成立】天保~弘化頃
★ 下野栃木の戯作家、學廼門の初代悟喜と二代悟章親子が江戸の檜垣園の連長として勢力を振るった梅明らと交わした新出狂歌資料群です。
★ 悟喜は馴園の判者に列し、悟章は檜垣園の判者の列した名家。質量とも大量でおそらくは悟喜と悟章親子の一生涯の狂歌資料ではないかと考えられます。
★ 「長谷川町/小嶋屋重兵衛」黒印の檜垣園梅明と「長谷川町/春友亭」朱印の春友亭梅秀らが悟喜と悟章の狂歌を添削した資料と狂歌詠草が大半を占めますが、梅明をはじめ江戸の戯作家と交わした書簡や狂歌本の出版に関するやりとりや書き付けなども無數に在ります。その他、戯作家番附の大形摺物に小判摺物なども豊富です。
★ それらは豪華な漆塗の大箱に蓋を開けると溢れんばかりに収められ大切に保管されていたようで保存状態が極めて良好です。
★ 栃木は寛政の頃より大商家の通用亭徳成が喜多川歌麿のパトロンとなりよく訪れ、幾多くの名品を遺し地元の狂歌師とよく交流するほどに狂歌が盛んでした。時代はそれよりやや下りますが同地の名家と江戸の大家との当時の狂歌の交流を現す好資料になると考えられます。
★ 悟喜ー學の門(初代)悟喜、通稱中島正興、下野栃木の人、馴園悟の門人にして後判者に列し、弘化三年九月二日歿す、其男悟章、學の門を襲ぎ二世となる。(『狂歌人名辭書』)
★ 悟章ー學の門(二代)悟章通稱中島喜代治、初代學の門の男にして弘化三年檜垣園判者に列す。(『狂歌人名辭書』)商品の情報
| 商品の状態 | 目立った傷や汚れなし |
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