納期目安:
01/15頃のお届け予定です。
決済方法が、クレジット、代金引換の場合に限ります。その他の決済方法の場合はこちらをご確認ください。
※土・日・祝日の注文の場合や在庫状況によって、商品のお届けにお時間をいただく場合がございます。
商品詳細値下げ交渉応じます。
雲南の地に大理とよばれる国家が成立したのは、中国本土の唐代であった。902年に南詔が滅亡した後である。またその特産の大理石は、今にこの国の名を伝えている。それだけでなく経済、工業はかなり活発で、大理の冶金技術や紡織技術の高い水準は、すぐれた甲冑の作製に現れており、その技術の高さは高く評価されている
大理国はその後、中国とビルマなどのインドシナ半島部との交易で栄え、南詔の仏教文化も継承して栄え、宋にも朝貢した。しかし、13世紀になると、モンゴル帝国のモンケ=ハンは中国大陸の宋を倒すために、弟のフビライに大理に遠征を命じ、1253年に大理国はモンゴル遠征軍によって征服され、滅亡した。元以降はこの地は中国領となり、現在の雲南省となっている。
*阿嵯耶銅仏銅像について*⤵️
遼代の王室には仏教徒が多く、貴族間そして民間でも刻経、念仏、寺院の建立や造像などの仏事が盛んに行われました。遼代初期の造像は唐代の気風の名残を受け継ぎ、 11 世紀には独自の風格が生み出され、厳かで端正な面持ちに含みのある笑み、真っ直ぐに伸びた上半身と逞しい筋肉など、契丹民族特有の雄々しく力強い風格が表現されています
大理国の帝室は仏を崇め、 22 名の国王のうち 9 名が出家しました。試験により人材を集めて僧徒とし、僧徒を官吏にとりたてました。上が行えば下もそれに倣う─帝室の影響から、仏法が大きく栄えたのです。密教を主とした仏教宗派は中原内地の影響が大きく、道教の神々やその土地の神をも吸収し、極めて幅広く複雑、浅俗なものでした。観音信仰がとりわけ盛んだったため、観音図像があります。近隣の東南アジアとの往来も頻繁になって造像の風格が様々に変化し、地方色豊かな宗教美術が形成されました。
素材...銅
高さ...21.5㎝
台幅…4.5㎝
台奥行き…2.7㎝
銅身大最大幅…4.5㎝
*特徴*
頭に小さい仏は刻まれています。
薄い衣を着用してます
その当時を象徴する民族の模様があります。
中国雲南省博物館、アメリカ博物館以外には現在は大変数が少ない貴重な1体の銅像です。
大変貴重な1体の為、こちらの仏像に詳しく、研究された方目利きのある方のみご購入をお願い致します。経年により古い小傷がある為神経質な方はご遠慮ください。商品に何か問題が起こっても返品には応じる事はできません。商品の情報
| 商品の状態 | やや傷や汚れあり |
|---|







オススメ度 3.6点
現在、114件のレビューが投稿されています。